ヘナロ=エルナンデスVS渡辺雄二 【投稿】 みぽりん 【投稿日】

2002/04/16

生まれて初めてナマで見たヘナロ=エルナンデス選手 と渡辺雄二選手のWBA世界Jライト級タイトルマッチ の思い出が今でも強烈です。
渡辺選手は僅か10戦のキャリア で何と1位迄躍進していて(歴史のあるJライト級でプロキャ リア10戦の選手が1位になるのは極めて異例のことだと 連れて行ってくれた方から聞いてました)ゴングが鳴る前 あたりに凄い緊張感が張り詰めていたように記憶しています。
実際試合が始まってみると世界チャンピオンは様々な角度から 多彩なパンチを放ち1位の渡辺選手を接近を許しません。 一方渡辺選手はキャリアの浅さが影響している所為か攻め あぐねているように素人の私には見えました。
5Rの終盤チャンピオンの右アッパーカット を顎に受けてしまい渡辺選手の動きが一瞬止まってしまった ようだったので個人的には次のラウンドが心配だったのですが 実際6Rなかばチャンピオンのカウンターパンチ(右ストレート ?)を受けふらついてしまったところでレフェリーが試合を ストップしてしまい何と渡辺選手は無念のTKO負けになって しまいました。
斜めうしろにいた赤ら顔のおじさんは「カウンター を狙ってロープ際に下がっただけなのにどうして止めるんだ?」って言って怒ってました。到底その声がレフェリーに届きそうにない 遠くの場所で見てたんですが私の周りにいた人は結構そのレフェリーに罵詈雑言を浴びせ掛けてました。
私はだた1位と王者の差って 大きいんだなって感じて帰路につきましたがあの試合を観戦して 以来時々ボクシング専門誌を読むようになりました。
【管理人のコメント】
みぽりんさん、投稿ありがとうございます。 この試合の時の渡辺雄二選手の勢いは、とんでもないものがありましたね。その豪打がヘナロに当たればあるいは、と期待して試合を観ていました。 試合の結果はともかくヘナロのような名選手が日本で防衛戦を行った ことも嬉しいことでした。

ホセ・ルイス・ロペスVSアイク・クオーティー 【投稿】 love lopes 【投稿日】

2002/03/04

かなり、マイナー試合だと思いますがというか、かなりのメキシカンびいきというのもありますが。
 この試合には、目を見張るものがありました。と同時にメキシカンのそこの厚さというか、当時、私はホセルイスロペス以下(HLL)の名前を知りませんでした。こんなすごい選手がいるんだなと関心させられました。
 当時無敵を誇っていた王者アイク・クオーテイー。あのパンチ力に怯えるどころかどんどん向かっていく、あの精神力には見ていてどきどきさせられました。
それだけじゃなく、あの見事なカウンターパンチ。もう一瞬でフアンになり、虜になりました。もう目は釘漬け。あんなに早かった12Rは無かったでしょう。あの獣を追う目というか、左ジャブをでこに受けながらも一瞬を見逃さなかった、あの右クロスカウンター。もう涙ものでした。しかし、僅差の判定負け。悔しい。しかし、それからというもの、追いつづけました。その後チャンピオンにはなったものの、メジャでは今一でしたね。
しかしあの試合は一生心に刻まれるでしょう。
【管理人のコメント】
love lopesさん、投稿ありがとうございます。 私もこの試合は大好きです。ロペスはこのまま埋もれさせておくのはもったいないほどの力を持った選手ですよね。




ルペ・ピントールvs村田英次郎 【投稿】 津村佳宏 【投稿日】

2001/12/03

中学1年の時だったかな。
それまでも近所じゃ有名なボクシング・ファンだったけど、
まあ田舎のガキだったし、アイドルは具志堅、
海外のスターっていえばアリくらいしか知らなかった。
ルペ・ピントールvs村田英次郎。
誰よ、ピントールって。
へぇ、メキシコの世界バンタム級チャンピオン?
サラテってKOキングを下して王者になったの。
で、村田?
ダッサイ名前じゃのぉ。
俺っちのガッコでパシリしてんのがやっぱムラタってのよ。
もう名前で3ラウンドもたねぇな。
あ、英次郎の写真。
なんだぁ?色白で痩せっぽちの、
ちっとも強そうじゃないじゃん。
無敗の当用チャンプ?
ダメダメ、相手はメキシカン、
黄金のバンタム世界王者だもん。
勝てるわきゃねぇよ。

そんなんで期待もせずに、
じーちゃんとばーちゃんとテレビ観てたんだ。
オヤジもボクシングは好きだったけど、
この試合に限っちゃもう観る前から結果は
火を見るより明らか、
また情けない日本人挑戦者が早々にひッくり返っちまうんだろうって、
さっさと酒飲んで寝ちまってた。

1ラウンドから生っ白い痩せっぽちは
前へ前へ出て行く。
細い両目に青白く燃え上がる悲壮な焔は、
じーさんの14インチのちっちゃいテレビ画面からもはっきり見えた。
おいおい、こいつマジやる気じゃん!
褐色の歴戦の王者がビビってんじゃねか!?
ワン・ツー、ワンツー。
そんなバカ正直な攻撃、いつまで持つんだよ。
あ、でも、ピントール、マジ、ビビってるじゃねぇか!
前半で王者顔面ズタズタ。
勝てる、英次郎、勝てるぞ!
だけど、さすが黄金のバンタムの王者、中盤から盛り返す。
白いワン・ツーの打ち終わりを狙って、褐色の左フックがナタのように飛んでくる。
英次郎の顔もいつしか血まみれだ。
次当たったら倒される。
次食らったら殺される!
もっと回れ、英次郎、かわせ、スカせ、村田!
俺はここまでやってるお前を、結果負けたって責めたりしねぇよ。
ああ、でも青白い焔を湛えた瞳は決してメキシカンの正面から退くことなく、
刃こぼれし始めている伝家の宝刀右ストレートを尚も真っ直ぐに叩きこみ、
刺しちがえんとしている。
刃はこぼれても、刀が折れぬ限りは、一歩たりとも退かん。
14ラウンド、褐色の猛攻。
レフェリーが試合を一旦止め、血まみれの英次郎をドクターに見せる。
ここまでか。
ドクターは?
GOだ!!
英次郎、斬り込む!
ワン・ツーだ、ワン・ツーだ、
ワン・ツーだ!
刀は折れてない。絶対折れるもんか!
ピントール、ビビってる。
歴戦のメキシコ人王者泣いてんじゃねぇのか!
15ラウンド終了のゴング。
呆然と無表情の村田。
悄然と困憊したピントール。
判定結果はドローだったって、
そんなこたあどうでもよかった。
俺はすげぇ勝負を見たんだ。
オヤジィ、とっとと寝ちまいやがって、損したな、ザマァ見ろ!!

あれから20年も過ぎるけど、
今だに自他ともに認める
ボクシング既知外だけど、
ボクシングの試合で泣いて泣いて、
グショグショになったのは、
村田英次郎のあの、ピントール戦だけなんだよ、
俺。
【管理人のコメント】
津村さん、投稿ありがとうございます。 村田選手に対する思い入れがこちらにも伝わってきます。 拳ひとつで勝負するボクシングならではの魅力ですね。 全てをぶつけあう好ファイトは素晴らしい。


畑山隆則 対 坂本博之 【投稿】 はじめの一歩
【投稿日】

2001/08/21

すっかりボクオタになってたころだけど、畑山対坂本戦はどっちも勝ってほしいという試合でした。
畑山が2階級制覇したときは、これで畑山vs坂本が見れるってうれしかったけど、
試合が近づくにつれてどっちかが負けるんだよな…って妙な気持ちになったものでした。
【管理人のコメント】
はじめの一歩さん、投稿有難うございます。壮絶な打撃戦の末、劇的な結末・・。日本人同士の世界戦はやっぱり思い入れが違いますね。特にこの2人に関しては。



サンドロ・ロポポロ 対 藤猛 【投稿】 団十郎 【投稿日】

2000/12/13

Jウエルター級の藤猛がチャンピオンのサンドロ・ロポポロ(イタリア)に挑戦した試合が最も印象に残っております。
その頃は日本ではJウエルターは重量級の範疇に入っていたように記憶しております。
テクニシャンでフランス語でイントカブレ(触れさせない)と賞賛されていたチャンピオンにハンマーパンチでKOの山を築いていた人気もの挑戦者がどう挑むのかが試合の見所でした。


1Rは挑戦者のパンチは1発もかすりもしなくてやはり藤のパンチもチャンピオンに通用しないかな思ったのを記憶しています。
しかし2Rに入り、やっと藤のハンマーパンチが1発チャンピオンを捕らえました。それまで蝶のように舞っていたチャンピオンがその1発でガクットときました。それから藤は狂ったようにチャンピオンに実に重たそうなハンマーパンチを浴びせました。これこそ重量級のボクシングだと思わせる戦慄の乱打をチャンピオンに見舞わせました。
何とチャンピオンは立ったまま失神しました。夢遊病者のようにロープに手をかけた状態でストップになったと記憶しています。

見ていて鳥肌がたった試合でした。後にも先にもボクシングを見て戦慄をおぼえたパンチというのはこの試合しかありません。

黄金のバンタムと言われた世界バンタム級チャンピオン・エデルジョフレに日本の青木勝利選手が挑んだ試合。ジョフレの左アッパーが青木の右腹に食い込んだパンチも超ど級のパンチでした。
青木が悶絶して尻からダウンしました。ヘビー級の試合かと見間違えるほどの迫力がありました。

世界ライト級チャンピオン・カルロス・オルチスが日本の小坂照夫選手をKOしたシーンも印象的でした。フィニシュブローは何だったか記憶に定かでありませんがそのKOシーンだけがいつまでも頭に焼き付いております。

以上の3試合が私の記憶の残る試合です。




浜田剛史 対 レネ・アルレドンド第1戦(86年7月24日) 【投稿】 滝本 明佳 【投稿日】

2000/8/20

 初めて生観戦した試合がこれだった。当時中学3年だった私は学校をサボり両国国技館まで足を運んだ。割と早くボクシングに触れる機会の多かった私は当然浜田のこの日に辿り着くまでの険しすぎる道のりを知っていた。
 浜田は今の辰吉、畑山らとはまた違う意味での”カリスマ”を持ちあわせていた。野性味あふれる風貌、その中に秘めた”世界チャンピオンになりたい”という夢と”これが最後の試合になるかもしれない”というセンチメンタリズム。それと彼のここまでの険しい道のり・・・。
 この3つが合い重なり、浜田剛史というボクサーの何とも言えない魅力に当時15歳の私は虜になっていた。
 王者のレネは柴田国明らとグローブを合わせたことのある元世界王者リカルドの実弟。そんな血筋の良さと戦績の素晴らしさもあり、これまで来日した世界・ライト級王者のなかでは「最強」の評価まであった。
 そんな中で試合開始のゴング。この1ラウンドは「ボクシング」というより浜田剛史のここまでの想いが爆発する展開となった。典型的ボクサータイプのレネに対し、果敢に接近戦を挑みペース配分など考えもしていない浜田。ある種その悲痛な展開に私はただただ唖然とするばかり。
 そして2分50秒過ぎ、浜田はレネをロープに追い詰める。苦し紛れにパンチを出そうとしたすれ違いざまに万感の想いを込めた右フックが クリーンヒット。これは長いブランクの間、骨折した左が使えない時に鍛えに鍛えた「あの」右だった。そして連打を浴び、失神するレネ。カウントアウトされるまでの時間は私の生涯を通じても何と長い時間だったことか・・・。
 国技館に舞う座布団、歓喜の観衆・セコンドに相反し、狂おしい想いを胸に戦いここまでの人生最大の目的を達成した虚脱感か無表情な浜田。この奇妙なシーンは今も私の胸に焼きついている。
 この投稿を同じように今もボクサー浜田剛史さんを愛してらっしゃる 方々、そして故佐瀬稔さんに捧げます。 



マイク・タイソン対イベンダー・ホリフィールド第1戦 【投稿】 若井はんじ 【投稿日】

2000/6/27

マイク・タイソン対イベンダー・ホリフィールド第1戦  この試合で事前にホリフィールドの勝ちを予想した人が何人いただろうか?
出獄後、ブルーノ、セルドンを全く相手にせず、易々と王座に復帰したタイソンはその他のボクサーたち(レノックス・ルイスも含めて)を超越した存在に思えた。対するホリフィールドはボウとの3試合でファンに真の王者の姿を見せたものの、徐々に下降線をたどっている事は否定しがたかった。
賭率が縮まろうと、奇跡でも起こらない限りタイソンの勝利は疑いようもなかった。私はホリフィールドが惨めな姿をさらさないことだけを祈ってテレビを見ていた。
 試合が始まってまもなく異変に気がついた。タイソンが明らかに距離をつかめないでいる。数々のボクサーを沈めた鋭い踏み込みがホリフィールドにより阻まれている。序盤ややホリィ優位に進んだ。誰もが驚いたのは第5ラウンド。度重なるバッティングで冷静さを失ったタイソンの一瞬の隙をついて鮮やかなアッパーのカウンターが決まった。タイソンのダウン。すべてのファンが番狂わせを予想し驚喜した。
 しかしタイソンは徐々に盛り返す。パンチはやはり凶暴なまでの力強さを失っていない。7、8,9とホリィは苦しんだ。第10ラウンド終了間際、ホリィの研ぎ澄まされた右クロスが決まった。続く連打で焦ったタイソンは強烈に右を降ったところで逆にホリィの背筋が寒くなるようなカウンターを喰らった。必死でダウンを拒否したが、これで勝負あった。11ラウンド、一方的に打たれるタイソンをレフェリーが救った。
誰もがホリフィールドを真の王者と認めた。それまでのヘビー級の低迷に飽きていたファンをすべて引き戻す、感動的な試合であった。
 その後ホリィは年齢による衰えを見せながらも王座復帰を夢見ている。タイソンはルール無用の獣になってしまった。
 タイソンに全盛期の力はなかったかもしれない。しかし、この試合がファンには忘れられない名勝負であることを否定できる人はいないはずだ。



大場政夫VSチャチャイ・チオノイ ('73年1月2日) 【投稿】 風神 【投稿日】

2000/4/26

大場政夫・・・この名前を聞いて一体何人のオールドファンが胸を熱く するのだろう。
私は、1973年1月2日 今は無き両国日大講堂、ボクシング史上に 残る名勝負 大場政夫VSチャチャイ・チオノイ戦を推す。
世界奪取までの道程で帝拳の育成方針により着実に自力を付けていった 大場は、日本王者〜元日本王者〜タイ王者〜東洋王者〜現役世界王者〜 フィリピン王者〜メキシコフライ1位という試練を乗り越える。 そして世界奪取後も大場は常に、最強の挑戦者を選んだ。彼は5回防衛 を果たしたのだが、チャレンジャーの内訳を見ると、なんと驚くことに 3人が後の世界チャンピオン、残る2人が指名挑戦者なのである。
・・・・・・初めて手にするメキシコ製6オンスでの試合、開始40秒 チャチャイが後年、生涯最高のパンチと述懐する右ロングフックが炸裂 ロープへ吹っ飛ぶ大場、TVにかぶり付きの私の正月気分も吹っ飛んだ 足を引きずる大場、ダウンの際右足を捻挫したのだ。その後驚異的な スタミナと回復力でチャチャイを追いつめ、そしてタイの英雄も異常な までの執念で応戦し試合はクライマックスへ。
そして12ラウンド 3分ジャスト、劇的なフィナーレを迎える・・・・・・
あの試合は、今までスポーツ観戦で得たことのない何とも形容し難い 感動でした。力道山も長嶋の天覧ホームランもリアルタイムで知らない 世代の私達が次世代へ自信を持ってお薦めする試合です。
残念ながらビデオも発売されておらず、私も自分のベータテープでのみ しか大場の勇姿を再現出来ません。 この5度目の防衛戦の余韻が醒めやらない1月25日、10時30分 白のシボレーコルベット・スティングレーで首都高に消えたのです。 23歳でした。あまりにも惜しい・・・ 私は今でも、白のコルベットを見る度、大場の勇姿が頭に浮かぶのです
バンタムに上げてオリバレスとグラブを交えて欲しかった
そして我々ファンは大場に最高の称号を贈りました。 『永遠のチャンピオン』という名の・・・・



輪島功一<KO15R>柳済斗 ('76年2月17日) 【投稿】 ベビーフェイスアサシン 【投稿日】

2000/4/26

身長もリーチもない。ボクサーとしての資質に恵まれなかった男が、 強靭な精神力と努力、頭をフルに使ったボクシングで世界の頂点に 立った。
お世辞にもスマートとはいえないボクシング、しかし輪島 の試合にはいつも熱いハートがあった。 ボクシングが好きだった父親の影響でこの競技にのめり込んで以来、 最も感動させられた試合がこの一戦である。
前年、柳の強打の前にボロボロに打ちのめされた輪島に再起は無謀と いう声さえあった。でもボクには「ヒョットしたら・・・」の思いが 強かった。
第1戦での敗因は5Rに受けた明らかにゴング後のパンチが 大きく影響したものだったし、三迫戦でも意外なモロさを見せていた からだ。 試合の何日も前から、まるで自分が戦うかのように気持ちが昂ぶっていくのを堪えることが出来ない程、イレ込んでいた。 ゴングが鳴って、輪島の攻勢が続くともう興奮しっぱなし。
そして、 いつ柳のパンチが飛んでくるのか、この時ほどハラハラドキドキさせられたことはない。 8Rにダウンを奪うと(判定はスリップ)、熱狂はピークを迎える。 しかし、この後さらに凄い結末が待っていた。ポイントを大量にリード した終盤、判定勝ちを確信したボクは「輪島逃げろ、逃げてくれ」と 怒鳴りつづけていた。
15R、輪島は驚くべきことに打って出ていったの である。そして輪島の右ストレートが一閃、柳が片膝をついてダウン した時はもう何がなんだか分からない状態だった。
この時の輪島の鬼神のような表情が今も忘れられない。



辰吉丈一郎VSシリモンコン・ナコントン・パークビュー 【投稿】 しーやん 【投稿日】

2000/4/25

日本人の世界戦16連敗、辰吉本人も世界戦3連敗で迎えたこの試合、 対戦する王者は20歳で無敗のタイのハードパンチャー。
試合前の予想は辰吉の圧倒的不利で始まったこの試合、ゴングがなって チャンピオンの構えをみると、体もひとまわり大きく威圧感も十分で、 シリモンコンの試合は見たことが無かったが一目で強い王者であるという事が分かっ た。
3Rからボディー攻撃に活路をみだした辰吉が5Rにダウンを奪い次のラウンドで決 着かと思えばチャンピオンの気迫の反撃がはじまり、7Rでは辰吉もジャブをもらっ ただけで大きくのけぞってしまうほど打ち疲れていた。 両者ふらふらになりながらも壮絶な打ち合いは続いたが、辰吉の執念の ワン・ツー・ボディーアッパーが決まり新王者誕生となった。
場内からはわれんばかりの辰吉コール!泣きながらの勝利者インタビューを見て貰い 泣きしたのを覚えている。
この試合で僕にとって辰吉は単なるヒーローでなく、なんていったらいいのか分から ないけど、ヒーローよりもっと上の存在になった。
今でも落ち込んだ時にはこのビデオを見て辰吉に勇気を貰っている。 これから辰吉が何をやっても応援し続けるし、心からお礼を言いたい。 辰吉ありがとう!


1発目は私から。こんな堅苦しくなくてもいいでんですが・・
辰吉丈一郎 VS チュチャード・ウォサンパン 【投稿】 管理人 【投稿日】

2000/4/23

それまで格闘技と言えばプロレスに興味を持っていた。
当時浪人生だった私は、深夜TVを何気なくみていると、そこには、プロ入り2戦目の辰吉丈一郎の試合が映っていた。 アナウンサーが試合は東京ドームで行われていること、そして辰吉という選手はこの試合がプロ入り後、2戦目であることを伝えていた。
そして、相手がなんと前タイ国内バンタム級王者だという。
それまでボクシングの知識はほとんどなかった私だったが、プロ入り2戦目で前ナショナルチャンピオンと対戦するということのすごさはわかった。素人の私にも。
ドームという大舞台での試合、しかも相手が前ナショナルチャンピオンだというのにこの選手はふてぶてしい態度で、相手をなめきっていた態度だった。その姿に驚きを感じた。
TVに映っていた辰吉選手に私は、間違いなく只者ではない雰囲気を感じていた。
試合を見て、ガードは低いがスピード、リーチがある。チュチャードから左ロングフックでしりもちをつくダウンを奪われたとき、苦笑いしながら、聞いてないよと手でジェスチャーしながら立ちあがるのをみて、どうしてそんなに余裕を持てるのだろうと感じた。試合は2R、辰吉選手が左ボディ・アッパー一発で相手をマットにのたうちまわらせてのKO勝利。
その姿を余裕の表情で見ながら、立ちあがって来いとジェスチャーする辰吉選手に、私はとてつもないスケールの大きさを感じた。
この試合でボクシングの魅力に、とりわけ辰吉選手の魅力にとりつかれた私は、ボクシング雑誌を買いあさり、深夜TVをチェックし、ますますボクシングにのめりこんでいった。
この試合は私がボクシングにのめりこむきっかけとなった忘れられない試合。


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